氏名:佐藤 隆
福島県出身。1994年宇都宮大学農学部を卒業後、1999年に筑波大学生物科学研究科にて学位を取得。2001年、産業技術総合研究所にてNEDOの糖鎖遺伝子(GG)プロジェクト、2003年からは糖鎖構造解析(SG)プロジェクトに参加。成松プロジェクトリーダーの強力なリーダーシップの元で糖鎖遺伝子及び糖鎖機能の研究を精力的に進めている。
氏名:後藤 雅式
1985年東京理科大学理学部卒業、1987年同大学院修士課程修了、1987年から(株)東芝、1993年からファルマシアバイオテク(株)(現GEヘルスケア)を経て、2001年から産業技術総合研究所にて「糖鎖合成関連遺伝子のライブラリー構築」プロジェクトに参加、2003年に筑波大学にて博士(医学)取得、2005年12月に(株)グライコジーンを設立し取締役を兼務。
氏名:成松 久
鳴門市出身、慶應義塾大学医学部1974年卒。同大学院医学研究科微生物学専攻1979年修了。医学博士。1985年にNIH,NCIのDr.Pradman Qasbaの研究室にて、最初の糖転移酵素β4Gal-T1遺伝子クローニングに成功する。1986年に帰国後、慶應義塾大学微生物学教室助教授を経て、1991年より新設の創価大学生命科学研究所教授。2000年に工業技術院(現・産業技術総合研究所)の生命工学工業技術研究所に移る。2002年6月に産業技術総合研究所に糖鎖工学研究センターを設立し副センター長、現在に至る。筑波大学大学院人間総合科学研究科(医学系)の連携大学院教授を兼任。
糖転移酵素遺伝子は、そのアミノ酸配列の相同性からいくつかのファミリーに分類することができる。それぞれの糖転移酵素ファミリーではファミリー特有の“モチーフ配列”が存在しているが、そのうちのいくつかは糖転移酵素の基質となる糖供与体(ドナー基質)と糖受容体(アクセプター基質)との間の結合様式を表していることが最近わかってきている。我々は、既知の糖転移酵素の中で最も詳細な機能解析がなされている酵素の一つであるβ1,4ガラクトース転移酵素(β4Gal-T)などの配列をクエリー配列に用い、β1,4-結合モチーフを有する新規糖転移酵素の探索を行い、これまでにコンドロイチン硫酸合成に関与する5つの新規糖転移酵素遺伝子と2つの新規β1,4-N-アセチルガラクトサミン転移酵素遺伝子を報告してきた。それらを含めると、β1,4-結合モチーフを持つ糖転移酵素ファミリーには15の糖転移酵素遺伝子が含まれることが明らかになった(図1)。本稿ではβ1,4-結合モチーフを有する新規糖転移酵素ファミリーの概要とコンドロイチン硫酸合成酵素ファミリー(別項参照)以外の7つのβ1,4ガラクトース転移酵素(β1,4Gal-T)と2つのβ1,4N-アセチルガラクトサミン転移酵素(β4GalNAc-T)の基質特異性について最近の知見を記す。
図 1 β4GTファミリーの系統樹と基質特異性
バイオインフォマティックスを用いることで、膨大なヒトゲノム配列やESTデータベースの中からわずか数アミノ酸のモチーフ配列を手がかりに効率良く新規遺伝子を探し出すことが可能となっている。我々は研究開始当時、報告されていた7つのβ1,4Gal-Tのアミノ酸配列からモチーフ配列を抽出し、糖転移酵素の一般的な特徴であるN-末端側の疎水性の膜貫通領域、2価のカチオンとの結合に携わるDXDモチーフというファクターをそれに加えてデータベース検索を行い、いくつかの新規糖転移酵素遺伝子の部分配列を見い出した。それらの部分配列から全アミノ酸配列を決定し、組換えタンパク質を発現させ、酵素の基質特異性を解析したところ、すべてβ1,4-結合で糖を転移する酵素であった。図1にそれらの糖転移酵素の簡単な基質特異性と系統樹解析の結果をβ1,4Gal-T遺伝子と合わせて示す。このファミリー全体としては図2のようにDXDモチーフとβ1,4-結合モチーフと考えられるWGXEDD/V/Wの領域が保存されている。Ramakrishnanらはβ1,4Gal-T1のX線結晶構造解析を行い、このWGXEDD/V/Wモチーフが基質との結合に関与する可能性を報告している 1。
図 2 β4GTファミリーに保存されているモチーフ配列
β4Gal-T 遺伝子ファミリーは7つ遺伝子が報告されている。β4Gal-T1は世界で最初にクローニングされた糖転移酵素遺伝子であり 2、最も解析が進んでいる酵素の1つである。この酵素はドナー基質のUDP-Galからアクセプター基質のGlcNAcβ-にGalを転移する糖転移酵素活性とラクトアルブミンとともにラクトース(Galβ1-4Glc)を合成するラクトース合成酵素活性を持っている。糖転移酵素活性は糖タンパク質のN-結合形糖鎖、O-結合形糖鎖や糖脂質に対して報告されている。β4Gal-T2, -T3, -T4, -T5はβ4Gal-T1と同様にUDP-Galを使ってGalβ1,4GlcNAc-を合成するが、in vitroの解析から異なる基質特異性が報告されている。β4Gal-T2はβ4Gal-T1とよく似た基質特異性を示すが、β4Gal-T3は糖脂質のLc3Cerをよいアクセプター基質とする。β4Gal-T4はケラタン硫酸の構成成分であるGlcNAc-6-硫酸を基質にすることからケラタン硫酸合成酵素であると考えられている。β4Gal-T6はGlc-Cerをアクセプター基質とし、Lac-Cerを合成する。β4Gal-T7はXyl-Serをアクセプター基質とし、コンドロイチン硫酸・ヘパラン硫酸の根元の4糖構造の中に存在するGalβ1-4Xyl-Serを合成する。以上、β4Gal-Tファミリーの酵素の基質特異性を簡単に挙げたが、いくつか総説があるので、詳細についてはそちらを参照されたい 3,4,5。
このファミリーにはβ4GalNAc-T3とβ4GalNAc-T4が属す。これらの酵素はN-末端近傍に膜貫通領域をもつII型の膜タンパク質であるが、β1,4-結合モチーフを有する以外は他の糖転移酵素と相同性はなかった。これらの遺伝子は、それぞれ999アミノ酸、1039アミノ酸からなる大きなORFをコードしていたが、コンドロイチン硫酸合成酵素のように複数の糖転移酵素ドメインを持ってはいなかった。糖転移酵素の触媒部位と予想されるのはC末端側3分の1の領域で、β1,4-結合モチーフとDXDと同じ機能を持つと予想されるDLHモチーフが存在した(図2)。しかしながら、N末端側3分の1の領域は既知のあらゆるアミノ酸配列と相同性を示さなかった。
これらの酵素の基質特異性を解析した結果、ともにUDP-GalNAcをドナー基質、GlcNAcβ1-をアクセプター基質とし、β1,4結合でGalNAcを転移し、GalNAcβ1,4 GlcNAcβ1-(LacdiNAc-)構造を合成する酵素であることがわかった。LacdiNAc構造は黄体形成ホルモン(LH) やGlycodelin(Gd)などの糖タンパク質ホルモンのN-結合型糖鎖に特異的に報告されている糖鎖構造である。LacdiNAcはさらに硫酸付加、フコース付加、シアル酸付加などの修飾を受け、特に硫酸化されたLacdiNAcは糖タンパク質ホルモンの血中からのクリアランスに重要な役割を果たす(図3)。β4GalNAc-T3と-T4はin vitroでN-結合型糖鎖の2本鎖構造を基質とした(表1)。2つの酵素は発現組織が大きく異なり、β4GalNAc-T3は胃や大腸で遺伝子発現が見られたのに対し、β4GalNAc-T4は脳や卵巣で高い発現が見られた。このことからLHやGdに報告されているLacdiNAc構造はβ4GalNAc-T4が作っている可能性が考えられた 6,7。
図 3 LacdiNAc Synthesis and its Modification on N-glycans
表 1 Substrate specificity of β4GalNAc-Ts toward N-glycans
β1,4-結合モチーフを持つ糖転移酵素群について簡単に述べさせて頂いたが、ヒトのゲノム中にはこれら以外のβ1,4-結合モチーフを持つタンパク質をコードする配列は存在しない。しかしながら、β1,4GalNAc-T1や-T2のように明確なβ1,4結合モチーフを持たないがβ1,4結合をつくる糖転移酵素も存在する 8,9。生体中には合成する酵素が未同定のβ1,4-結合の糖鎖構造が多く存在することから、既知の糖転移酵素や今後見つかるかもしれない未知の糖転移酵素を含めて、より詳細な基質特異性解析が今後必要であろう。